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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2254号 判決 1968年2月28日

申請人 宮坂計一 外一七名

被申請人 財団法人日本科学技術振興財団

主文

申請人らがいずれも被申請人の従業員である地位をかりに定める。

被申請人は申請人らに対しそれぞれ別表賃金欄(一)記載の金員および昭和四一年五月一日から本案判決確定にいたるまで毎月二五日かぎり一ケ月同欄(二)記載の割合による金員をかりに支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申立

一、申請人らの申立

申請人ら訴訟代理人は「被申請人が申請人らに対して昭和四一年四月三日付辞令に基づいてなした、同年六月一五日付解雇、別表勤務部署欄記載の部署からテレビ事業本部総務局人事部への配転命令、同年四月四日から同年六月一四日までの帰休命令の各効力をかりに停止する。」との判決および主文第二項と同旨の判決を求めた。

二、被申請人の申立

被申請人訴訟代理人は「申請人らの申請を却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、主張

一、申請の理由

申請人ら訴訟代理人は、申請の理由として、次のとおり述べた。

1  当事者

(一) 被申請人は、その設置するテレビ事業本部により、東京12チヤンネルの名称でテレビ放送およびその附帯事業を行なつている。

(二) 申請人らは、いずれも、被申請人との間の雇傭契約に基づき、別表勤務部署欄記載のとおり、テレビ事業本部(以下「東京12チヤンネル」ともいう。)の各部署に勤務していた。

2  解雇通告等

被申請人は、昭和四一年四月三日、申請人らに対し、(イ)同日付をもつてテレビ事業本部総務局人事部付とすること(以下「本件配転」という。)(ロ)同月四日から同年六月一四日まで帰休を命じ、その期間の賃金額は平均賃金の一〇〇分の六〇とすること(以下「本件帰休命令」という。)(ハ)同年六月一五日付をもつて解雇すること(以下「本件解雇通告」という。)の各意思表示をなした。

3  解雇通告等の無効

しかしながら、本件解雇通告は、次のいずれかの理由によつて無効である。また、本件解雇通告が無効である以上、これを前提とした本件配転および本件帰休命令も当然に無効である。

(一) 不当労働行為

(1) 申請人らは、いずれも、昭和三九年三月一〇日に結成された日本民間放送労働組合連合会科学技術財団労働組合東京12チヤンネル支部(以下「組合」という。)の組合員である。

(2) 被申請人は、(イ)申請人らが労働組合の正当な行為をしたことを理由とし、(ロ)組合の組織を破壊することを企図して、本件解雇通告をなしたものである。

(3) したがつて、本件解雇通告は、労働組合法七条一号および三号、憲法二八条に違反する不当労働行為である。

(二) 労働協約違反

(1) 被申請人は、昭和四〇年七月二九日、組合に対し「同月二五日を基準日とし、右基準日に在籍する職員、嘱託、既卒アルバイト、撮影関係契約者(以下これらを総称して「従業員」という。)については、当面する再建途上において「人員整理を行なわない」ことを約し、組合と被申請人との間にその旨の記載がなされた「議事確認書」と題する書面が作成された。そして、申請人らはいずれも右基準日に在籍していた従業員である。

(2) 右議事確認書の内容は労働協約にほかならないから、被申請人は、その効力により、右基準日に在籍した従業員に対し、これを解雇しないという義務を負つたものである。したがつて、被申請人が右従業員の一部である申請人らを解雇することは、右労働協約に違反するものであつて無効である。

(三) 権利濫用

(1) (イ) 東京12チヤンネルを経済的に協力することに賛同した民間企業約一〇〇社によつて、日本科学技術テレビ協力会が設立されたが、東京12チヤンネルはその経営財源の大部分を右協力会からの協力会費に依拠することとして発足した。被申請人の役員、評議員の大部分は、右協力会会員となつた企業の有力者である。

(ロ) 東京12チヤンネルに経営の破綻があつたとすれば、それは右協力会費の不拠出が主たる原因であるところ、協力会は実質的にみて被申請人と同一視されるべき存在であるから、企業整理の原因は被申請人自らが作り出したものである。このような場合被申請人自ら経営破綻を主張して労働者を解雇することによつて企業整理を図ることは、信義則に反し許されない。

(2) 被申請人は昭和四〇年七月ごろ従業員に対し人員整理をしないことを宣言していた。

(3) (イ) 組合と被申請人との間において人員整理をしないことを内容とする議事確認書が作成されたことは前記のとおりである。

(ロ) 組合は、被申請人から右議事確認書作成の同意を得る代償として、当時被申請人に対して要求していた夏期一時金の額を大幅に譲歩したのである。

(4) (イ) 組合と被申請人の間において、昭和四〇年五月三一日、人事異動に関しては被申請人は組合に対し事前通告する旨の労働協約が締結されていた。

(ロ) しかるに、被申請人は、昭和四一年三月当時、組合からの団体交渉申入を拒否し続け、同月一五日、組合に対し、突如として団体交渉申入をなし、予め用意してあつた、人員整理を含む再建案を一方的に宣言する等、組合との間において誠実な団体交渉を行なおうとしなかつた。

(5) 右のような事実関係のもとでは、本件解雇通告は権利の濫用である。

4  賃金

被申請人の昭和四一年四月当時における申請人らの一ケ月の賃金額は、別表賃金欄(二)記載のとおりであり、その支払日は毎月二五日であるが、申請人らは、同賃金欄(一)記載の昭和四一年四月分賃金残額および同年五月分以降の賃金を受領していない。

5  保全の必要性

申請人らは、賃金を唯一の生活源とする労働者であるから、本案判決の確定を待つては回復し難い損害を蒙ることは明らかである。

6  結論

よつて、申請人らは、被申請人に対し、本件解雇通告、配転、帰休命令の効力の停止および前記各賃金額の支払を求める。

二、申請の理由に対する答弁

被申請人訴訟代理人は、申請の理由に対する答弁として、次のとおり述べた。

1および2の事実は認める。

3の事実については、(一)のうち、(1)の事実は認めるが、(2)の事実は否認、(3)の主張は争う。同(二)のうち、(1)の事実は認めるが、(2)の主張は争う。同(三)のうち、(1)(イ)、(2)、(3)(イ)、(4)(イ)の事実は認めるが、(1)(ロ)、(3)(ロ)、(4)(ロ)、(5)の事実は否認し、主張部分は争う。

4の事実は認める。

5および6の主張は争う。

三、抗弁

被申請人代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。

1  労働協約の解約

かりに、申請の理由3(二)記載の議事確認書の内容が、申請人ら主張のとおり労働協約の性質を有するとしても、右労働協約は、有効期間の定めのないものであつたから、被申請人は、昭和四一年三月一五日、組合に対し、右労働協約を同年六月一五日付をもつて解約する旨を通告した。

2  自救行為

かりに、右労働協約に有効期間の定めがあつたとしても、被申請人が右労働協約を解約して本件解雇通告をなしたことは、次のとおり、被申請人の自救行為というべきである。

東京12チヤンネルは昭和三九年四月に開局したが、その財政の基礎は、主として財界から拠出される協力会費にあつた。東京12チヤンネルは、開局二年を経ずして二三億円の累積赤字を抱えるに至り、昭和四一年四月に始まる新事業年度を迎えるにあたつて、その事業を閉鎖するか何らかの方法で再建を図るかの岐路に立たされていた。そして、もし被申請人が後者の道を選ぶとしても、その財政は財界からの拠出に依存していたのであるから、自力で再建をはかることは不可能であり、どのような内容で再建するかということは、財界からどのような形で、どの程度の協力、ことに金銭の拠出が得られるかにかかつていたのである。

ところで、テレビ事業本部が上述のごとき赤字を出すに至つた原因は、経済界の一般的不況に由来し、財界からの協力会費が当初の予定どおり拠出されなかつたほか、視聴者に親しまれ、他社に比して遜色のないテレビ番組を制作するために(それはまた、何とかして収益をあげようとする努力の現れだつたのであるが)、多額の経費を費し、これに見合うだけの営業収益をあげることができなかつたこと、損失をうめるために収益をあげようとすれば、その経費のためにさらに損失がふえるという悪循環を招いたことにあり、その損失は、経費の節減、協力会費の増収などの方法によつては、到底補うことができないものであつた。

かような次第であるので、被申請人は、まず赤字発生の原因の一つである営業活動をひとまず中止して、右のごとき悪循環を断ち、これ以上の赤字の増加を防止するとともに、財界から被申請人に対し、毎月一億円に相当する経済的援助をなし、その範囲内でテレビ事業を営むということが決められ、この趣旨にそつて被申請人は再建計画を立てたものである。

右のとおり、東京12チヤンネルの一ケ月に使用しうる金員は約一億円に限られたところ、そのうち、人件費として支出しうるものは二二〇〇万円にすぎなかつたから、放送時間の短縮による機構改革とともに、管理職を含む五〇一名の人員を三一九名に減らさなければ、右人件費をもつては賄いえなくなつたのである。

したがつて、人員整理を行なわなかつたならば、累積する赤字の増加をくい止めるどころか、業務規模に比べて過剰の人員を抱え、赤字はますます増加し、倒産に陥らざるをえなかつたことは火をみるより明らかである。

ところで、労使関係は、経営の存続を前提として成り立つものであり、労使間の協定もまた、かような存在性格をもつものである。したがつて、その協定に拘束されるが故に、被申請人が倒産してしまうというのであつては、まさに本末転倒といわざるを得ない。

東京12チヤンネルの組織をどのように構成し、どのようにして事業を運営するかということは、経営の基本に関する事項であり、被申請人の専権に委ねられるべきことがらであるから、いかなる場合にも人員整理を許さないというが如き協定は、被申請人の右の権限に対する不当な拘束であつて、かような解釈は到底許されず、被申請人側の決定した経営方針によれば人員整理をしなければならないときは、この協定にかかわらず、人員整理を行なうことができると解さなければならない。

そして、かくの如き解釈からすれば、被申請人が人員整理を行なうには、議事確認書を解約することすらも必要でなかつたわけである。

四、抗弁に対する答弁

申請人ら訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

1の事実のうち、解約の通告があつたことは認める。しかしながら、本件労働協約は「当面する再建途上においても」人員整理を行なわない、ということを内容とするものであるから、有効期間の定めがなく何時でも解約しうる、という被申請人の主張は争う。

2の事実は否認する。かりに被申請人に企業運営資金上困難があつたとしても、本件労働協約締結時から解約通告時までの間に、労働協約を否定し去るだけの特殊な事情は全く存在しない。

第三、証拠<省略>

理由

一、(一) いずれも成立に争がない甲六号証、七号証、二四号証の一および二、乙二二号証、二三号証、二六号証、証人安斉義美(第一回)の証言によつて成立を認められる乙二〇号証、弁論の全趣旨によつて成立を認められる乙五一号証、同証言および証人藤本輝夫の証言を綜合すれば、次の事実が認められる。

被申請人は、昭和三五年三月一五日「科学技術振興に関する諸事業を綜合的かつ効果的に推進し、もつてわが国科学技術水準の向上に寄与すること」を目的として創立され、同年四月一九日設立の許可を受けた財団法人であるが、その顧問、役員、評議員には、二八一名にのぼるわが国政界、財界、学界の有力者がその名を連らねていた。

ところで、当時、米軍が使用していたテレビ周波数一二チヤンネルがわが国に返還される状況にあつたため、被申請人は、同年七月二日郵政大臣に対し、テレビ放送局の開設免許申請をなした。右免許申請は被申請人のほか四社がこれをなしており、合計五社の競願となつていたが、当時、経済団体連合会、経済同友会、日本経営者団体連盟、日本商工会議所のいわゆる経済四団体が郵政大臣に対し被申請人に右免許を与えるよう要望する旨の要望書を提出したり、衆議院科学技術振興対策特別委員会が被申請人の右免許申請を支持する旨の決議をなしたりするなどして、政界、財界はこぞつてこれを支援していた。

一方、昭和三七年一〇月四日「被申請人の行なうテレビ放送事業の主旨が国家的要請に基づくものであることを認め、本事業完遂のため経済的に協力することをもつて本旨とする」日本科学テレビ協力会(以下「協力会」という。)という団体が結成された。協力会の規約によれば、同会は、右趣旨に賛同し被申請人に対し経済的に協力する法人または個人をその会員とし、同会員は、協力費として毎年一口(一〇〇万円)以上を同会に拠出することとなつていたが、当時一〇〇社近くの企業がその会員となつており、これらの企業の社長もしくは副社長はほとんど被申請人の役員もしくは評議員となつていた。右会員にはAからDまで四種類あり、A会員は五〇口以上、B会員は二〇口以上、C会員は五口以上、D会員は一口以上となつていたが、たとえば、被申請人の会長倉田主税が会長となつている株式会社日立製作所や被申請人の副会長田代茂樹が会長となつている東洋レーヨン株式会社は、いずれもA会員であつた。

郵政大臣は、右協力会が設立された約一ケ月後である同年一一月一三日「同会への加入申込書、会員名簿、協力会費の拠出義務を明示した会規および同会組織の恒久的安定性に関する資料があることからみて、協力会費の拠出は確実で継続性があり、科学技術教育専門局の経営財源として適当なものと認められた」ことを理由の一つとして、被申請人に対し、テレビ放送局開設の予備免許をなし、昭和三九年四月三日、本免許をなした。

他方、被申請人は、予備免許を受けた直後に、テレビ事業本部を設置し、津野田知重が本部長心得に就任した。

被申請人は、右テレビ事業本部のほか、科学技術館事業本部、学校法人科学技術学園を経営しているが、これらはいずれも独立採算制を採用していた。

右のうち、テレビ事業本部(東京12チヤンネル)については、郵政大臣の免許の条件が、全放送時間に対し、科学技術教育番組六〇パーセント以上、一般教育番組一五パーセント以上、その他の番組二五パーセント以下という内容であつたため、東京12チヤンネルの経営財源は、主として協力会からの協力金に依拠することとし、娯楽番組を作成してこれを販売する等他の民間放送局が行なつているような営業活動は原則として行なわないこととした。当初、東京12チヤンネルは、協力会からの協力金は、初年度である昭和三九年度(同年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで)は、一一億七〇〇〇万円を見込んでいた。(もつとも、その後予算規模はさらに大きいものとなつた。)

(二) 前記甲七号証、いずれも成立に争がない甲四号証、乙五号証の二、いずれも証人安斉義美(第一回)、藤本輝夫の各証言により成立を認められる乙二八号証および二九号証の各一ないし三、いずれも証人猪狩則男、今泉和一の各証言によつて成立を認められる乙三四号証の一ないし三、右各証人の証言を綜合すれば、次の事実が認められる。

前示のとおり、東京12チヤンネルは協力会からの協力金を予定して、昭和三九年四月一〇日に開局し、同月一二日から放送を開始したが、協力会会員からの協力会費は当初の予定どおりには拠出されず、同年四月から九月に至る期間においては、一ケ月平均約一〇〇〇万円、すなわち、当初の予定の約一〇パーセントが拠出されたに止まつた。

そこで、東京12チヤンネルは、協力会会員に対し、見返りとしていわゆるコマーシヤルフイルムを放映することを条件とした協力会費、すなわち、他の民間放送局におけるいわゆるスポンサー料に相当する協力会費の拠出を求めて経営財源の確立を図つた。東京12チヤンネルにおいては、この種の協力会費を特別協力会費と称し、当初予定された、コマーシヤルフイルムの見返りのない、無償の協力会費を普通協力会費と称していたが、昭和三九年度(同年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで)においては双方の協力会費を合わせてようやく約一〇億六八〇〇万円の収入を得るに至つた。

普通協力会費としての協力金が見込額を大きく下まわつたことが主な理由となつて、東京12チヤンネルの経営は当初から欠損を生じ、初年度である昭和三九年度の決算は約一三億八六〇〇万円の赤字を計上するに至つた。

そこで、東京12チヤンネルの経営建直しを図るため、津野田知重はテレビ事業本部長心得を辞任し、後任として、日産生命保険相互会社会長であつた藤本輝夫が昭和四〇年六月二九日同本部長に就任した。

しかしながら、その後に至つても協力会からの協力金は減少するばかりとなり、昭和四〇年度(同年四月一日から昭和四一年三月三一日まで)においては、普通協力会費は約一億四八〇〇万円しか寄せられず、協力金の額は特別協力会費と合わせても約六億七二〇〇万円に止まる状態であつた。

これに対し同年度の欠損は約一〇億二三〇〇万円となり、累積赤字は約二四億〇九〇〇万円に達した。

ここに至り、被申請人の有力常任理事約一〇名は、昭和四一年三月一五日に開催された臨時常任理事会において、右理事らの所属する企業から毎月確実に合計一億円の普通協力会費を拠出することとし、右収入を基盤として、(1)一日の放送時間を半減し五時間半に短縮すること(2)科学教育放送に徹し営業活動を行なわないこと(3)従業員約二〇〇名を整理すること、の基本方針(以下「再建案」という。)のもとに企業の再建を図ることを決議した。

(3)の人員整理の人数は、翌一六日から一七日にかけて作成された事業規模縮少に伴う機構改革案により一八二名となつた。

(三) 組合と被申請人との間において議事確認書が作成され、被申請人がのちにこれを解約する通告をなしたことは当事者間に争がない。

いずれも成立に争がない甲一号証(乙一七号証と同じものである。)ないし三号証、一一号証、乙三二号証、証人東陽および今泉和一の各証言を綜合すれば、次の事実が認められる。

東京12チヤンネルの放送免許の期限は、昭和四〇年五月三一日であつたので、被申請人は、そのころ、郵政大臣に対し、同年六月一日以降について再免許の申請をなし、同年六月一日から昭和四二年一〇月三一日までの期間について再免許を受けた。

当時、組合は、東京12チヤンネルの経営内容が前記のような状態であつたことから、郵政省が被申請人に対し、今後一年間に赤字を解消して黒字を生み出すこと、協力会を実質的なものにすること、テレビ事業本部専任の専務理事をおくこと、番組編成に際しては三ケ月ごとに郵政省に対して報告を行なうこと等を、再免許の条件として指示した、という内容を新聞その他によつて聞知していた。そのため、組合は、昭和四〇年六月一日に開催された団体交渉において、被申請人に対し、郵政省が東京12チヤンネルの従業員について人員整理をするよう指示した事実があるかどうか、また、右指示の有無にかかわらず被申請人が人員整理をする意図を有しているかどうかについて質問した。

これに対し、被申請人は、郵政省が人員整理を指示した事実はなく、また、被申請人自身人員整理をする意図はない旨を回答した。

そこで、組合は、被申請人に対し、被申請人の右回答を文書化して正式に協定するよう求めたが、被申請人は、当初は右文書化の要求には応じなかつた。

ところで、当時、組合は、被申請人に対し、夏期一時金として基本給の三、五ケ月プラス三万五〇〇〇円の支給を要求して団体交渉をなしていたが、被申請人は、これに対し、同年六月三〇日一、一四ケ月プラス五〇〇〇円の回答を示した。組合は、被申請人の右回答は前年に支給された夏期一時金二、三ケ月、年末一時金二、五ケ月に比較して低額であつたため、右回答額による交渉妥結を拒否した。被申請人は、その翌日である同年七月一日、従業員に対し、掲示により、人員整理は行なわないこと、組合が右回答を拒否したことは遺憾であることを述べ、従業員の協力を要請した。

右のような経緯ののち、組合は、同月二三日に至り、被申請人が人員整理をしない旨の労働協約の締結に応ずるならば、当面は夏期一時金が減額されてもやむを得ないと考え、右協約締結を条件として、夏期一時金については被申請人の回答額によつて妥結することとした。

他方、被申請人もまた、当時は東京都議会議員の選挙が行なわれる直前であつたところ、組合はいわゆるスト権を確立しストライキも辞さない構えであつたため、ストライキによつて選挙速報業務に支障を来たしたり、再免許直後に労使間の紛争を生ぜしめたりすることは不得策であると考え、同年七月二三日に至り、右文書化の要求に応じることとし、同日組合と被申請人との間において次の内容による合意が成立し、同月二九日、被申請人テレビ事業本部人事部長今泉和一および組合書記長金子勝彦がそれぞれ記名捺印した議事確認書が作成された。その内容は次のとおりである。

『組合は、七月二三日の団体交渉の席上、財団(被申請人)に対し「今回の再免許後の再建に際し、テレビ事業本部において人員整理を行なわないか。」との質問を行なつた。

財団(被申請人)は、この質問に対し、組合に「今回の再免許に当つて当財団テレビ事業本部に対して郵政省が人員整理を指示した事実はなく、当面する再建途上においても人員整理は行なわない。しかしながら当財団テレビ事業本部の置かれている現況は非常に厳しくこの再建には組合の協力も要望する。」と回答した。

「注」 一、「人員整理を行なわない」という文言の対象は、昭和四〇年七月二五日現在在籍する職員、嘱託、既卒アルバイトおよび撮影関係契約者である。

二、組合の協力とは、精神的な協力の意味である。』

(四) 申請人らが被申請人に雇傭されたこと、昭和四〇年七月一五日当時組合員および従業員の地位を有していたこと、本件解雇通告を受けたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

いずれも成立に争がない乙二号証、五号証の二、一二号証、証人猪狩則男の証言により成立を認められる乙三五号証、同証言および証人今泉和一の証言を綜合すれば次の事実が認められる。

被申請人は、昭和四一年三月一五日に決定された前記再建案を実行に移すため、同日、組合に対し、同年六月一五日付をもつて前記議事確認書に記載された、人員整理を行なわない旨の約定を解約する旨の通告をなした。当時、被申請人は、右議事確認書が労働組合法所定の労働協約といいうるか否かについて疑念を抱いていたけれども、一応、有効期間の定めのない労働協約と解し同法所定の解約手続をなしたものである。

被申請人は、同月一八日、東京12チヤンネル従業員全員に対し、希望退職の募集要項を発表し、同月二四日以降その受付を開始したところ、合計一四一名が希望退職を申出た。被申請人は、さらに一六名については被申請人の経営する他の事業に転出させることとしたため、最終的には二五名を解雇することとなつた。被申請人は右二五名の解雇については、当時解雇基準を作成し、全従業員のうち右基準に該当する者を解雇する方法をとつた。右解雇基準は、(1)テレビ事業本部への出向者は原則として出向を解く、ただし、業務上必要な者を除く(2)嘱託、既卒アルバイトおよび撮影関係契約者(3)過去において不始末の行為があつた者で程度の重い者(4)昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月一五日までの期間に欠勤一五日以上の者、ただし、業務上の傷病者および勤務優秀な者を除く(5)勤務成績上らざる者、であり、その実施方法は、(1)全部門につき人事考課を中心とした評価で低位者(ただし、業務上必要で余人をもつて換え難い者を除く。)を解雇する(2)閉鎖部門は原則として全員を解雇する、ただし、人事考課を中心として極めて成績優秀な者でかつ配転可能な者を除く、というものであつた。

右のうち、解雇基準(5)の勤務成績上らざるもの、については、被申請人は、東京12チヤンネルの従業員について、開局以来当時に至るまで平常のいわゆる人事考課は行なわず、当時になつてはじめて過去六ケ月を対象期間として急遽これを行なつたものであつた。

被申請人は、議事確認書の破棄を通告した日から九〇日後である昭和四一年六月一五日をもつて、右解雇基準に該当すると判断された、申請人らを含む二五名を解雇すべく、同年四月三日、右二五名に対し、同年三月一五日から六月一四日までの期間は就業規則所定の帰休を命じ、同年六月一五日、解雇通告をなした。

(五) 成立に争がない甲二五号証、証人藤本輝夫、猪狩則男の各証言によれば、次の事実が認められる。

右人員整理ののち、東京12チヤンネルには、協力会から毎月約一億円の協力会費が寄せられ、東京12チヤンネルは、科学教育番組に徹することをやめて娯楽放送もとり入れて営業活動をなし、一日の放送時間も漸時延長され、昭和四二年一〇月当時には一三時間を超えるに至つた。再建のために被申請人テレビ事業本部長となつた藤本輝夫は、同年一二月二九日退任した。

二、(一) 申請人らは、申請人らに対する本件解雇通告は、不当労働行為、労働協約違反、権利濫用のいずれかの理由によつて無効である、と主張する。そこで、まず、右のうち労働協約違反の点について判断する。

組合と被申請人との間において、昭和四〇年七月二九日、被申請人は当面する再建途上においても人員整理(解雇)をしない、との内容による議事確認書が作成されたことは前示認定のとおりである。

ところで、労働者にとつて、従業員としての地位を維持することは、最も基本的なことがらであるから、解雇に関する事項は労働条件その他の労働者の待遇に関する事項に該当することは明らかである。そして、右議事確認書の内容は、組合と被申請人との間で右事項につき合意をなしたものであるから、労働協約にほかならず、また、右事項は、いわゆる規範的部分に属するものであるから、被申請人は、労働協約の規範的効力により、昭和四〇年七月一五日に在籍した従業員でかつ組合員である申請人らに対し、再建途上においても解雇をしない、という義務を負つたものである。

被申請人らは、右議事確認書は有効期間の定めがないものであるから法定の予告期間をおいて解約した、と主張する。なるほど右議事確認書(甲一号証)はその記載自体から明らかなように明示の期間の定めはない。しかしながら、右議事確認書を文字どおりに解すれば「当面する再建途上」すなわち、協約締結当時から企業の再建もしくは閉鎖に至る期間は人員整理をしないという趣旨に解せられる。ことに右協約締結当時組合は夏期一時金の要求を大幅に譲歩し、被申請人もまた組合のストライキを封ずるための代償として右協約の締結に応じた経緯に照らせば、九〇日の予告により何時でもこれを解約し、人員整理をなしうると解することは、当事者の意思解釈上極めて不自然である。したがつて、本件労働協約は、協約締結の日を始期とし企業再建もしくは閉鎖という不確定期限を終期とする有効期間の定めがあるものであり、ただ、不確定期限であるため確定的な終期を定めることができないところから、「当面する再建途上」という文言を使用したに過ぎないものと解すべきである。

右のとおり、本件労働協約は有効期間の定めのあるものであり、解約通告当時はいまだ再建途上にあつたことは明らかであるから、有効期間の定めがないことを前提としてなした被申請人の解約の通告はその効力を有しない。

(二) 被申請人は、さらに、本件労働協約の解約およびその後の本件解雇は自救行為である、と主張する。しかしながら、一旦有効期間の定めのある労働協約を締結した以上、右期間中これに拘束されることは当然であり、後日そのために経営上不利益を蒙るに至つてもそれは自らの責任によつて解決すべきことである。

もつとも、いわゆる事情変更の原則は、市民法上の契約のみならず労働協約についてもその適用があると解すべきであるから、労働協約締結後、当事者の責に帰すべきでない事由によつて、協約締結の基礎となつた事実関係が、締結当時においては予見しえない程度に変更し、その結果、右労働協約によつて当事者を拘束することが、信義衡平上著しく不当と認められる場合には、これを合理的な内容に変更することができるというべきである。

ところで、前記乙二八号証の一および二九号証の三によれば被申請人の赤字は、本件労働協約締結当時すなわち昭和四〇年七月当時にあつては、約一六億六一〇〇万円であることが認められ、その解約予告当時すなわち昭和四一年三月当時にあつては約二四億〇八〇〇万円であつたことは前示のとおりである。

しかしながら右赤字額の増加の程度では右原則の適用を受ける事情の変更があつたということはできない。のみならず、前記乙二八号証および二九号証の各一によれば、被申請人の赤字は当初から漸増しており、毎月約五〇〇〇万円程度の赤字が恒常的に累積していたものであり、証人藤本輝夫の証言によれば昭和四〇年六月二九日企業建直しのためにテレビ事業本部長に就任した藤本輝夫もまた、当初から、このまま推移すれば東京12チヤンネルは破局を迎えるであろうことを予知していたことが認められるから、被申請人が当時右解約通告時の赤字の状態を予見しえなかつたということもできない。

また、東京12チヤンネルの経営状態が不良である主な原因が被申請人の役員や評議員が社長もしくは副社長の地位にある協力会会員からの協力会費不拠出にあつたこと、科学教育放送番組に徹し放送時間を短縮するといいながら、人員整理をなしたのちは着実に毎月約一億円の協力会収入を得て娯楽放送をも行ない、放送時間を延長し、他の民間放送局のような営業活動をなしていること、本件協約締結に際しては組合は夏期一時金、ストライキ等について譲歩をなして締結に漕ぎつけたこと等の事情を考慮すると、本件労働協約によつて当事者を拘束することが信義衡平上著しく不当と認められるとはいい難く、むしろこれを変更するよりも維持する方が信義則に合致するものというべきである。

したがつて、被申請人が述べる自救行為の主張を、事情変更の原則適用の主張と解しても、これによつて本件労働協約を失効させることができない。

右のとおり、本件労働協約の効力により、被申請人は、人員整理の対象として申請人らを解雇することができないから、不当労働行為、権利濫用の点を判断するまでもなく、本件解雇通告は無効である。

(三) 申請人らが本件解雇通告等を受けた昭和四一年四月当時における申請人らの平均賃金および賃金の支払日が、申請の理由4記載のとおりであることは、当事者間に争がない。したがつて、申請人らは被申請人に対し本件解雇通告を受けた同月三日以降の賃金請求権を有する。

申請人らが労働者であることは明らかであるから、他に就労して賃金を得ている等の疎明がない本件においては、申請人らは、本案判決確定までその支払を受けないときは回復し難い損害を蒙るべきものと推定される。

申請人らは、本件配転、帰休命令、解雇の各意思表示の効力を仮に停止する旨の裁判を求めているが、現在の法律関係の前提としての過去の意思表示の効力の停止を求めることは迂遠なものとして妥当性を欠くから、その趣旨は、申請人らが被申請人の従業員である地位を仮に定める旨の裁判を求めているものと了解する。

(四) 以上により、申請人の申請は理由があるからすべてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 吉永順作 山口忍)

(別表省略)

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